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飛行船にて

青く広がった空と、絨毯を敷き詰めたような緑の大地。

その間を穏やかに進む小型の飛行船。

ゴンドラの上で、ひとりの娘が食事をとっていた。

やや癖のある髪を後ろで無造作に束ね、丈夫そうな麻の旅装束からは、よく鍛えられたしなやかな手足が伸びているのが見える。傍らには、よく使い込まれているような剣と革鎧が置かれている。

積み込んだ荷物の上にテーブルクロスを広げ、そこにいくつかの食事が並べている。食事といっても、乾燥チーズや干し肉といった保存食だ。

食事のほかにもいくつかの書物を積み重ねている。片手で本を開き、片手で食事を口に運んでいる。

「あねさん、行儀が悪いでっせ。どっちかにしなはれ」

と、食べては本を読み、本を読んでは食べている彼女をたしなめる声がする。

声の主は、人間の骸骨の形をしたゴーレムだった。

先ほどから、茶を入れたり食器を片づけたりと、給仕に忙しく動き回っている。

「もし、あねさん。食べるなら食べる。本を読むなら読むではっきりせんとあきまへんで」

「うるさいなぁ、ひとりのときくらい好きにさせてよ。よそではちゃんと行儀よくしてるでしょ。なによ、母さんみたいに口うるさくして。だいたいあなたは、わたしの召使いとして造られてるんでしょ、黙って言うことを聞くのが仕事じゃないの」

「いや、いや。わっしはそんじょそこらの傀儡人形とはちゃいまっせ。召使いではありますけどな、同時に、危険な旅の良きパートナーとしての役目もあるんでっさかい、言わせてもらいます。あねさん、さっき『よそでは行儀よくしている』とおっしゃいましたな。ちゃいまっせ。平生からの積み重ねが、よそで出ますのんや。それが身につく品性というもんで……」

ゴーレムの話を聞き流すことにした娘は、これなら文句はなかろうと口にいっぱいに残りの食事を頬張ると、それを茶で流し込む。それから、周りの景色へと目を移した。

飛行船は、それほど高いところを飛んでいるわけではないのだが、それでも地上で見るのとは違う光景が広がっている。

真下に見える風景が、だんだんと輪郭と色を失っていき、遠くの稜線に続いていくさまはなかなかに美しく感じられた。

「うーん、空の旅っていいものねー」

道を歩いて得られる達成感もいいが、たまにはこうやってのんびりするのも悪くはない、と思った。

空の旅はまだ一般的でなく、彼女にとっても初めてだ。

今回の旅は知り合いの魔術師から、造った飛行船の試験飛行を、と頼まれたものだ。他にこれといった目的もないので、国内をぐるっとまわりながらゆっくり旅を満喫して帰るつもりである。

「……てなもんでですな。冒険者風情と侮られないためにも、きちっと身につけなあかんもんは身につけた方がええんとちゃいまっか、と言うてますのんや。聞いてはりまっか、あねさん」

「ほらほら、うるさいこといわないでさ、あなたも旅を楽しみなさいよ」

初夏の日差しに暖められた風が心地いい。

頭上では浮遊の魔力のこもった浮き袋は頼もしくふくらんでいる。

ゴンドラに備えられた魔法装置は、力強くプロペラを回転させている。

「人の生み出した技術は偉大だわ」

満足そうに娘が微笑むのと、船体が大きく揺れたのは、ほぼ同時であった。


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