丘の上の出会い

都から遠く離れた丘陵地帯。 今はさびれた街道に寄り添うようにして、ひとつの小さな町があった。

町外れには、小高い丘がある。このあたりでは一番見晴らしのよい丘だ。

丘の上に建っているのは、簡単な造りの小屋。 ちかごろ町の近くの森に妖魔が住み着いたらしく、たびたびその姿が目撃されていた。 まだ犠牲者が出るようなことはなかったけれど、 念のために見張り小屋を設置することになった。 小屋にはいつも誰なと手の空いている者が詰めておくことになっている。

その小屋の前で、地面から突き出た岩に腰掛ける者がいた。 傍らには、背負い袋ひとつと、小剣が一振り。

生まれ育った町を背中にして、緩やかに広がる起伏と、そこに伸びる街道を眺めている。

道は川を横切り、林を抜けて、小さな丘をいくつも越えながら、やがて景色の向こうへと消えていく。

彼の名はセキ。いつか町を出て、この道の先へ行こうと思っている。

荒野を駆け、財宝を追い求め、悪と戦い、人々を助けて旅をする、 冒険者というものに憧れているのだ。

この丘から景色を眺めるたびに、セキの頭の中には、 旅の吟遊詩人の歌う英雄譚や武勇伝が流れていた。

もちろん、実際の冒険というものがそれほど華々しいものばかりではないことくらいは、 セキにもわかっているつもりだ。

しかしそれでも、町での息が詰まりそうな暮らしよりも、ずっと大きな魅力を感じていた。

「でもいったい、いつになったらこの町を出られるんだろう」

セキは、いつでも旅立てるだけの準備がある。旅に必要な荷物も揃えており、 どこへ行くにも、何をするにも手元に持ち歩いている。

幼い頃に父から剣の手ほどきを受けたこともあるし、 町に住む老魔術師のもとで魔術の修行も積んだ。 才能があったのか、初歩的なものから、 冒険に役立つであろういくつかの術まで修めることができた。

それでもまだ、セキが町を出ることがないのには理由がある。 それは、家族のことがあるからだった。

何年も前に流行病で母を亡くした。

同じ病で一番下の弟も命こそ助かったものの、 いまだに床から離れられないでいる。

すぐ下の妹は、町の寺院で開いている学校へ通う身だ。

衛士として都へ勤めに行っていた父は、魔獣退治の任で受けた傷を抱えて帰ってきた。 不自由な体になってしまい、満足に働くこともできず、 今では朝から酒をあおるだけの暮らしだ。

弟の薬代、妹の学費、父の酒代、それに生活費のすべてをセキが稼ぐしかなかった。

朝から晩まで毎日のように働き、たまの休みの日もこうして見張り役を引き受けている。

家族の誰かを疎ましく思ったことはなかったけれど、 それでも目には見えない束縛を感じていた。

丘から見える、まだ知らぬ世界だけが、それを忘れさせてくれていた。

「……さて、と。そろそろ戻るか。前に覚えた術のおさらいもしなくちゃ」

セキは岩から立ち上がり服の汚れを払うと、小屋の方へ向かう。

するとそのとき、セキの頭上に影が差した。

「どいて、どいてー!」

突然の声に驚いて空を見上げると、セキに向かって二つの人影が迫っていた。

そして、あわてて飛び退いたその場所に、勢いよく降ってきたかと思うと、 地面すれすれでふわりと着地した。

長剣を帯び、皮鎧に身を包んだ旅装束の娘と、袋やカバンをたくさん抱えた骸骨だった。

娘は乱れた髪を直しすと、驚いて倒れ込んでいるセキに手を差し伸べた。

「わたし、カナエっていうの。ごめんね、びっくりさせちゃって。怪我はないようね。 あ、それから。こっちの骸骨は、ヒビワレツメっていって、ただのゴーレムよ」

そのゴーレムはたくさんの荷物につぶされていた。あたりには骨が散乱している。

カナエに引っ張り起こされてから、 セキははじめてまだ名乗っていないことに気がついた。「えっあの、オレはセキ」

そう答えるのが精一杯だった。突然の来訪者に頭は混乱している。

そんな様子が可笑しいのか、カナエはくすくすと笑う。 なんとなく照れくさくなって、セキの顔が真っ赤になった。

「わたし、こう見えても冒険者なの。旅の途中だったんだけど、 ちょっとした緊急事態でね。飛び降りてきたトコよ」

カナエの笑顔にいくぶん落ち着きを取り戻したセキは、息を整えると、 あらためて娘を見た。今までにも冒険者を見たことはある。 しかし、彼女のように若い女の冒険者ははじめてだった。

カナエはセキよりもいくつか年上のようで、凛とした美しさをたたえている。

セキは自分を見つめている瞳に気がつき、再び顔が熱くなるのを感じた。

あわてて目をそらすと骸骨の方では、 荷物の下でそれぞれの骨がモゾモゾと動くのが見えた。 一カ所に集まろうとしているようで、復元の魔法がかかっているのだろうと見当がついた。

「えっと、あの、それで緊急事態っていうのは?」 「あれ」

と、カナエの指さした方向を見ると、町の上空あたりに漂う飛行船の姿が見えた。

「あの飛行船に乗ってきたのか。すごいな」

何という日だろう、とセキは思った。

飛行船を見るのもこれが初めてだ。 魔術を習っていたときに、応用例のひとつとして模型で説明を受けて知ってはいたが。

「あれ? でも降りてきたのなら、あの飛行船は……?」 「んー、まぁ適当に落ちるんじゃないかな。そこまではわたしも知らないわ」

他人事のように答えるカナエ。

しかし。

風向きが悪かったのか、飛行船に込められた魔力がほどけてしまったのか。

「カナエさんは知らないかもしれないけど。それ、オレのよく知ってる所みたいだ」

飛行船が町に落ちた

一瞬、飛行船が止まったかと思うと、そのまま滑るようにして町に突っ込んでいく。 そして、家々の屋根を次々と壊し、広場にある時計塔にぶつかってようやく止まった。

めちゃくちゃになった飛行船と建物を取り囲み、騒いでいるような様子が見えた。

「人の生み出した技術の限界だわ」

町に向かって駆け出すセキを見送りながら、カナエはひとりつぶやいた。




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