ランタンに油、火口道具、毛布、ロープ、空の袋は折り畳み、磁石と、それから一冊の魔術書。それらをすべて、背負い袋に詰め込んでいく。最後に小剣をくくりつける。水袋にも新鮮な水を入れておいた。
この荷物は普段の生活には関係はないが、毎日用意している荷だ。
セキの朝は早い。
日も登りきらないうちに起き出して、家族のために食事の準備をする。一人だけ早い朝食をとると、今日一日の段取りを石版に書いて残しておく。
すべての用意を整え終わると、セキは仕事へ出かける。
「いってきます」
小さくそれだけを言うと、家の外へ飛び出した。弟も妹もまだ夢の中だろう。父も土間でひっくり返って眠っていた。
町を貫く街道を大通りとして、いくつかの店が並ぶ。セキと同じように早くから起き、それぞれの仕事にかかりはじめる者もいる。
その中で人が集まっている場所があった。昨日の飛行船墜落現場だ。
飛行船が墜落したおかげで、家が六軒と広場の時計塔の壁が壊された。
幸い怪我人がいくらか出ただけで死者はなかった。しかし、飛行船の持ち主であるカナエは町の再建が終わるまで、それを手伝わなくてはならなかった。
昨日は、町のはずれまで運び出された飛行船の残骸に泊まったと聞いた。
「おはようございます」
通りの中ほどにある商店のひとつに、セキは入っていく。比較的大きな荒物屋だ。朝と昼はこの店で働かせてもらっている。
店の中で、今日売る品物を並べなているのがここの主人だ。
「よぉ、ボウズ。今日もガンガン働いてくれよ。っと、それから新しい従業員を紹介しておこうか。……おーい、ちょっと出てこい!」
と、荒物屋の主人が奥の方へ呼びかけて出てきたのは、甲冑の上からエプロンを身につけた骸骨。思わず、セキは声を上げた。
「どーも、ヒビワレツメといいまっさ。……ん? なんや、昨日の方やおまへんかいな」
どこを見つめているのかわからない、落ちくぼんだ眼窩が不気味だった。
「昨日、あんなにバラバラだったのに、もう直ったのかい?」
「へっへっへ、あんなもんどうってことないですわ。まぁちょっと肋骨を少し壊してしもうたけど」
そういって顎骨をカタカタと鳴らす。笑っているのだ、とセキは思った。
「なんだ、知り合いか? だったら話は早い。このゴーレム、力があるんでな。倉庫の整理を任せてあるんだ。俺はちょっと、こいつの主人が壊した家を回ってくる用事があるんでな。あとは任せたぞ」
そういって荒物屋の主人は店を出ていった。おそらく壊れた所帯道具などを引き取りにでも行くのだろう。
ヒビワレツメが奥へ引っ込み、セキも自分のエプロンをつけると、ドーバンがしていたように商品を並べる作業を始めた。
それが終わると表を開けて、店番をする。
客の応対に追われているうちに時間は過ぎていく。
倉庫の整理が済んだのか、ヒビワレツメが奥から店へやって来た。
「オレも魔術を習ったからわかるんだけど、君はすごいな。普通のゴーレムじゃ簡単な命令しか理解できないのに」
「へぇ、まぁそれなりに高位の術で作られてまっさかいな。おかげでぎょうさん、こきつかわれそうですわ。ここの店手伝いでっしゃろ? 他の店にもいかなあきませんし、荷運びに、家畜の世話に、なんやて最近ゴブリンが出るらしいでんな? それの見張りも頼まれてますわ。とりあえず、今せなあかんのは店番の手伝いでっけど」
なるほど、とセキは頷いた。カナエさんがお咎めなしになったのは、このゴーレムの労働力のおかげかも知れない、と。
「店番はカンタンだよ。お客さんに欲しいものを渡して、その代わりにお金を受け取ればいいだけだ。値段は商品棚に書いてあるから」
ヒビワレツメは優秀な店員だった。値段はすぐに覚えるし、重い商品も軽々と持ち上げるしで、セキはずいぶんと楽をすることができた。
客の応対をゴーレムに任せて、セキが商品の補充と陳列にかかっているときだった。
「あねさん、ようお越し。買い物でっかいな」
「そ。エプロン、すごく似合ってるわよ。このまま働いたら? セキ君、こんにちは。あなたもここで働いてたのね」
思わず振り返ったセキに、カナエは微笑む。セキも軽く会釈をする。
「このロープを二巻きと、そっちの麻布をひとつちょうだい」
「へぇへぇ、これでんな。ほな、合わせて銀貨二枚いただきましょか。はいはい、ちょうど二枚。毎度おおきにー」
セキは、カナエが買い物を済ますまで、ずっと突っ立っていた。気がつくと、彼女が見えなくなるまでその姿を目で追っていた。あわてて作業に戻るセキ。けれど頭の中は、女冒険者で一杯だった。
彼女は、この町の女性とは違った。それは、身なりや仕草が違うのではない。自分とは大きく違う世界からやって来たからだろうか。
不意にセキの胸の中で、丘の景色が広がった。町で働いている間はしまいこんでいる思いが揺れ動いたように感じた。
セキは息を吐き出すと、それからまたもとの作業に戻った。
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