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丘の上の別れ

次の日の朝。小高い丘のふもとに一台の荷馬車が停まっている。ゴブリン討伐の報酬としてもらったものだ。馬車には飛行船の残骸が積まれている。

「もう行っちゃうのか」

セキが名残惜しそうに言った。

「もうちょっと居たいんだけどね。飛行船のことを知らせなくちゃいけない人もいるし、あんまりのんびりしてられないのよ」

そっか、とつぶやくセキ。

「ヒビワレツメも元気でな。あちこちの店で『優秀な従業員がいなくなって寂しい』って言ってたよ」

「へぇ、あんさんも体に気ぃつけてくださいな。また近くを通りがかったら寄りますよってに」

「それはいいけど、もう人の上に落ちてくるのは勘弁してよ」

出会ったときのことをセキが言うと、彼らの中に自然と笑みがこぼれた。

それから、カナエが口を開いた。

「ね、セキ君。一緒にこない? ちょうど私も魔法が使える仲間が欲しかったところだし、セキ君も旅の用意は完璧でしょ? だから、その、もしよかったら……」

カナエがセハと約束した誘いだ。しかし、本心からの誘いでもあった。

それは、セキにとっては唐突で、そして魅力的な言葉だった。

荒野を駆け、財宝を追い求め、悪と戦い、人々を助けて旅をする、冒険者への誘いだった。

しかし、セキには心に決めたことがあった。

「ありがとう。でもオレ、もうしばらく町にいるよ。一緒に行きたいけど、一緒に冒険の旅に出たいけど、セトやアキリのことが心配なんだ」

だから、せめて彼らが自分の道を見つけるまでは町にいるよ、とセキは言った。

「それに今朝。親父が酒代に手をつけなかったんだよ。なんか、うまくいえないけど。今、町を出るよりもやらなくちゃいけないことがあるような気がするんだ」

カナエは昨日の夜のことを伝えようと思ったが、やめた。

何となく、この父子ならうまくやるような気がしたからだ。

その代わりセキの手をとって握った。別れの挨拶ではなく、再開を約束して。

「それじゃあね。お互い、またどこかで会いましょう。できれば冒険者として」

「約束するよ。オレも、国中に名を轟かせるような魔法使いを目指すから」

そして、一人の冒険者と一体のゴーレムを乗せた馬車が、古びた街道の向こうへと去っていく。

セキは登り慣れた丘を一気に駆け上がる。

遠ざかっていく馬車に向かって、見えなくなるまで手を振った。

馬車は次第に小さくなり、やがて消えていった。

そこから見える景色は、いつもとおなじように、緩やかな起伏が広がっているだけだ。

セキは冒険者となることを誓った。今やそれはただの憧れではなく、はっきりとした夢の形を描いていた。

心の中でもう一度、再開の約束をする。

それから家に帰ろうと、後ろを振り返った。

そこには小さな町があった。生まれ育った町。息をつめて暮らしてきた町。そして、いつの日にか出て行くであろう町だった。

朝の光を浴びて家々の屋根が輝いている。通りにはそこに暮らす人がいる。まだ修復の終わっていない時計塔に、飛行船がつけた傷跡が見えた。

セキは、丘を駆け下りていく。

背負い袋にくくりつけた小剣が、カタカタと鳴っていた。

〈了〉


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