酒場

飛行船の墜落から数日がたったある晩、カナエは酒場に来ていた。

あの日からずっと町の人間に色々な仕事を手伝わされている。この酒場で給仕を頼まれたこともあった。

中には下品な冗談を言う者もいた。

「よぉよぉ、冒険者さんよぉ。どうだい? すぐに町から出ていけるように町長に口をきいてやるぜぇ? そのかわり、な。今夜あたりどうだい、え?」

そういう輩には、冒険生活で鍛えた鉄拳を沈ませてやったが、それ以外ではなかなか充実した日々であった。

「こういうのも悪くないかも」

冒険者としてではない忙しさの、新鮮で心地よい疲れを伴って、カナエは酒場の扉に手をかける。

中に入ると、そこには険悪な空気が張りつめていた。

店の隅の卓で二人の人間が言い争っている声が聞こえる。周りの酔客たちもその成り行きを見守っているようだった。

「うるせぇっ、お前に何がわかるってんだっ!」

「わかったよっ、そこまで言うなら勝手に酒でもなんでも飲んでればいいよっ」

そう叫ぶようにいって、カナエの脇をすり抜けるように店を出ていったのは、セキだった。

顔を合わせることはなく、ただ黙って通り過ぎていった。

「やあ、今日は客としてかい?」

カナエが席につくと、すぐに酒場の主人がニコニコと発泡酒を運んでくる。

「ね、ね。何があったのよ」

厨房へ引っ込もうとする主人を、無理矢理に斜め向かいへ座らせる。

「ん、ああ。あそこで飲んでるセハ……セキは知ってるだろ? あいつの親父さんだよ」

ちらりとそちらへ目を走らせる。

そこには、杯を傾ける中年の男の背中があった。足が不自由なのか、傍らに杖を立てかけていた。

「まぁ仲がいいような悪いようなってとこか。よそ者のあんたに言っても仕方ないんだけどな。今ではただの飲んだくれだけど、昔は立派な都の衛士だったんだよ」

しかし、任務中に大きな怪我を負い、故郷のこの町に帰ってきてからは、その面影はなくなっていた。

「がっかりしてたよ。不本意な退職だっただろうし、しかも自分がいない間に奥さんを亡くしてんだ。そりゃね、帰ってきてからしばらくは、簡単な仕事もしていたさ。それもすぐにやめたかと思うと、今じゃ、セキの稼いだ金で飲み歩いてるだけさ」

「どっちも大変ね」

「ああ、さっきもな、セキが親父さんに新しい仕事を見つけてきてやったんだけどな。セハにはセハの、都勤めをしていたっていうプライドがあるからな」

みんなあいつには立ち直ってもらいたいんだが、と言って主人は店の奥へと消えていく。

それは難しいだろうな、とカナエは思う。

おそらくセキが父セハの仕事を世話するたびに、彼を傷つけるだろう。それでも、自分で働こうとせずに息子から酒代をせびっているのかと思うと、いささか腹立たしさを覚える。

とはいえ、酒場の主人の言うとおり、自分はよそものだ。ただの通りすがりの冒険者でしかない。正式な依頼でもない限り、首を突っ込まないほうがいいだろう。もっとも、正式な依頼だとしても断る可能性の方が高いだろうが。

いまごろセキの方は何をしているだろう、と彼の顔を思い出しながら杯を飲みほした。

空になった杯を掲げ、次の一杯を頼む。

いつの間にか酒場には、それらしい喧噪で賑わいはじめている。

次第に夜は更けていった。




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