ときおり通り過ぎる風に木々が揺れ、葉ずれの音がする。
動物の鳴き声がどこからか聞こえてきた。
町中で過ごす夜とは大違いだった。
空を見上げたが、星を見ることはできなかった。小枝が覆っていたからだ。
セキは、ゴブリンたちと同じ森の中にいて、それで休息がとれるだろうかと心配であった。しかし、温かい食事を胃袋に収め、たき火を囲んで明日の行動計画を話し合ううちに、いくぶん気持ちが和らいだようだった。
「弟のセトも最近はちょっとずつ丈夫になってきてるんだ。医者も来年には外で遊び回れるようになる、って」
話題はいつの間にか明日の追跡行のことから、セキの家族へと変わっていた。
「セトのすぐ上のアキリは寺院の学校へ通ってるけど、卒業したら都へ行って騎士の修行をするんだって言ってるよ。女騎士に憧れてるんだって」
セキが話しているのを、カナエが聞いている。カナエは炎の揺らめきを頬に受けながら、セキの方を見つめていた。
ヒビワレツメも、暗い穴でしかない目をこちらへ向けている。薪を継ぎ足したり、二人に茶を淹れたりと忙しそうにしていた。
「せやけど、あんさんは偉いでんなあ。弟さんや妹さんの面倒を見て、親父どんまで養ってはるんでっしゃろ?」
「……養っているとは言えないかな」
父セハに渡す金のほとんどが酒代に消えている。セハの体が心配で、酒もやめて欲しいとは思うが、どうすればやめてくれるのかが分からなかった。
体をそんなに動かさなくてもできるような仕事が見つかれば、その間だけでも酒を控えてくるのではないかと考えていたが、それもあまりうまくいかない。
「さ、お茶が入りましたで」
ほんの一瞬、重苦しい沈黙が場を包んだが、すぐにそれは淹れたての茶の香りがとってかわった。
「ところで、さ。カナエさんは冒険者になって、長いの?」
茶の入った木のカップを受け取りながら、セキは尋ねた。
「うーん、長い、のかな。親が冒険者でね、それがろくでもない親で、八つのときからあちこち連れ回されたわ」
昔の記憶をたどるように、カナエは言った。
それからいくつかの冒険譚を聞かせてくれた。
いままでこなしてきた仕事や失敗談、変わった依頼などの話だ。その中でもドラゴンを間近に見たときのことは、聞いているだけのセキですら興奮した。
「わたしもいつかは国中に名が通るような冒険者になりたいわ。“竜殺し”なんて呼び名を得られれば一気に有名になれるんだろうけど、ドラゴンには勝てそうにはないからね。このさい、“億万長者のカナエ”でもいいわ」
それもいまのところ遠い話よ、とカナエは笑う。
「ね、セキ君はどうなりたいとかあるの?」
そう聞かれて、セキは考え込んだ。真っ先に思い浮かんだのは、今も帰りを待っているであろう家族のことだった。
「えっと、そうだな。弟と妹が一人前になって、それから、親父が昔みたいに強くて優しい親父に戻ってくれたらって思ってるよ」
弟妹たちはともかく、それが実現するのは一体いつのことなのかはわからなかった。
「……あなた自身はどうなの?」
カナエがもう一度尋ねる。茶をすするセキの顔をのぞき込むようなカナエの瞳から、セキは、目をそらすことができなくなった。
あなた自身はどうなの? そんな問いをされたことはこれまで一度もない。
自分自身に対してもだ。
ふと、あの丘の風景を思い起こしたが、すぐに胸にしまいこむ。
しかし、それ以外には何も思いつかなかった。
薪のはぜる音だけがやけに大きく聞こえていた。
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